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GPLってソースを公開するために必要な作業/労力が無視できるほど小さいと感じられる人々のためのライセンスという気がしてきた. 良きにせよ悪きにせよ, 出自をはっきりさせる能力に欠ける者にはプログラムを公開する権利を与えないという, 一種純血主義的な感じが. もっともネット世界の平和のためには, その方がいいのだろうけど.
GPLが出来たころには, ソースを公開する能力の無い人が何らかのソフトウェア成果物を公開するなんて考えられなかったんだろうけど. これが本当の"AS IS"だな.
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コンピュータは旧約聖書の神に似ている、規則は多く、慈悲は無い -- Joseph Campbell
GPL純血主義 (スコア:3, すばらしい洞察)
GPLってソースを公開するために必要な作業/労力が無視できるほど小さいと感じられる人々のためのライセンスという気がしてきた. 良きにせよ悪きにせよ, 出自をはっきりさせる能力に欠ける者にはプログラムを公開する権利を与えないという, 一種純血主義的な感じが. もっともネット世界の平和のためには, その方がいいのだろうけど.
GPLが出来たころには, ソースを公開する能力の無い人が何らかのソフトウェア成果物を公開するなんて考えられなかったんだろうけど. これが本当の"AS IS"だな.
Re:GPL純血主義 (スコア:0)
出自をはっきりさせる能力に欠ける者にプログラムを公開する権利を与える必要がありますか?
GPLなソースであれば、パクってもGPLと書けば済むのでまだましでしょうが、オープンソースでない商用ソフトのソースをパクってバイナリー公開したら裁判沙汰でしょ。
コンピューター以外の世界でも同じ事でしょうが、出自をはっきりさせるなんて、当り前の社会常識です。それすらできない馬鹿に、ソフトを公開する権利なんてありません。